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moonwatcher's dialy

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平和郷の日本語教師

8/8(sun)
Varanasi - Kolkata


素晴らしい朝を迎えた、はずがあるわけない。
車内がうるさくてあまり眠れなかった。
7時過ぎにコルカタ(Kolkata)の長距離列車用駅、ハウラー駅に到着するはずだったが、
全く持って着く気配なし。
3段ベッドの一番上だったので下に降りようと思ったけど、既に定員以上の着席。
しょうがないので狭いベッドでゴロゴロしていた。
もう飽きてきてガンガン天井に頭をぶつけようかと思い始めた頃、
ようやくコルカタに到着したみたい。
時計を見ると既に午前11時近くで、インド国鉄は全く持って当てにならん。

駅の近くの廃れたホテルに宿を確保。
カビ臭いし暗いのに、これで375ルピーとはやはり都会は高い。
頼んでもないのに荷物を持ってもらったベル・ボーイにチップを要求され10ルピー渡すと、
「たったの10ルピー?」
と言われて離れようとしない。
イラッとする。

午後から西ベンガル州の州都、コルカタの街を散策。
さすがインド4大都市の一つとあって大きい。
ただ今日は日曜とあってか人出は少ないほうかも、そんなに喧騒はしていない。
街には露天がいっぱい。
庶民的な街なようだ。
人でざわめいているデリーより落ち着いていて、それだけでも好感が持てる。
また人々の言葉もヒンズー語からベンガル語に変わり、文字も丸っぽくなった印象。



20100808-1.jpg



散策途中、明日の切符を買おうと思い、途中にあった外国人専用鉄道チケット売り場に寄ると、
5分でチケットを買えてしまった。
駅にある一般の切符売り場ではどこも行列なのでえらい違い。
横入りするふざけた輩を相手にしなくていいし、すごい素敵なシステムだ。
この辺の感覚、日本人はインドにいるときっと麻痺してくるので、
普段の生活では当たり前のことがついつい感動してしまうのだろう。

インドに来てからマクドナルドを初体験。
ここインドでは、ヒンズー教徒が多い為か、
ビッグ・マックを筆頭に牛肉のバーガーが一切売っていない。
チキンが主食である。
そこでインド・マクドナルドの最高峰、チキン・マハラジャ・バーガーを食す。
が、パサパサしていてあまり美味しくなかった。
でも日本人でも美味しいと言っている人はいるので、好みの問題かも。
ミール・セットで約160ルピー。
インドでは、かなり高級な部類な食事である。



20100808-2.jpg



夕方、ホテルに戻る途中、
ハウラー駅前のスタンド売りしているライム・ジュースを見て、
あまりに美味しそうだったので、ついつい飲んでしまう。
そして、ご飯は近場の屋台。
日本では絶対保健所のチェックに引っかかりそうな、すごい場所でマトン・ターリを食べる。
そして終にというか、来るべき時が来たというか、
深夜、とうとう腹を壊した。
今までも、ラッシーやらマンゴー・ジュースやらモモ(水餃子みたいなもの)でも平気で、
インドの食事、けっこう大丈夫じゃん、と思っていたのだが、
ここコルカタの食べ物は完敗してしまった。
えらい勢いで下ってしまう。
マクドナルドの食事であたるとは思えないので、
スタンド売りのライム・ジュースか、屋台のターリの食事のどちらかだが、
たぶん生水の方であるライム・ジュースだと思う。



20100808-3.jpg
Fairlie Ghat, Kolkata, WEST BEBGAL



8/9(mon)
Kolkata - Santiniketan


カビ臭いベッドにて9時前起床。
外は相変わらずインドの喧騒。
ベッドからすぐに這い出て、目の前にあるハウラー駅へ、いざ。

鉄道で大体2時間ちょっとの距離にある、コルカタ郊外のシャンティニケタン(Santiniketan)へと向かう。
シャンティニケタンの町の名前の意味は、ベンガル語で平和の園という意味。
なかなか素敵な名前だ。
また、シャンティニケタンは大学町。
アジア人として初のノーベル賞受賞者であるインドの詩聖、
ラビンドラナート・タゴールが創設したヴィシュヴァ・バーラティ(VISVA-BHARATI)大学がある。
インド人にとって、タゴールはガンジーと並び称されるほどの人物なので、
ここシャンティニケタンもインド人には通りはいい。
実際マナーリーとかアムリトサル辺りでも、インド人にはシャンティニケタンの名前は一発で通じた。

10時過ぎの"Santiniketan Exp"でコルカタ出発。
きっとこの列車の中でも何かイベントがあるのではないかと思っていたが、案の定あった。
目的地までの道中、ずーっと吟遊詩人が歌いっぱなし。
乗客がお金を払って曲をリクエストなんかもしている。
下手ではなかったので悪くはなかったけど、静かな車内に慣れている日本人には変な感じ。
しかし、いまだ吟遊詩人で生活が成り立つインドって、知れば知るほどよく分からない国だ。

この旅初めて、列車が時間通りにシャンティニケタン駅に到着。
感動する。
リキシャーで大学のセントラル・ライブラリへ行くも、
ここでも、リキシャーから降りて代金を支払う時に運転してきた親父が、
「今日は暑いからもう10ルピーくれ」
とか抜かす。
ただでさえ暑いのに、怒っていたら更に不快度が増しそうだったので、
10ルピーを親父にくれてやった。
暑いから、長いから、といって、
初め言っていた値段から更に金を要求するリキシャー関係者に何人あったことだろう。
契約という資本主義の根本的原則は、インドでは通用しない場合が多々ある。

10分ぐらいのんびりと日陰で待っていると、遠くから自転車に乗って見たことのある人物が近づいてくる。
やぁ、やぁ、お久しぶり。
オーストラリア時代の盟友、mikiと約1年ぶりの再開。
彼女は今、ヴィシュヴァ・バーラティ大学で日本語教師をしている才媛。
インドに来たらぜひ遊びに来てと前々から言われていたので、
お言葉に甘え、わざわざシャンティニケタンまでたかりに来た、いや、叱咤激励をしに来た次第である。
ラダック地方からここまでの道のりは、本当に長かった。
雪のヒマラヤ越え、気が触れそうな長い列車の移動、
ヴァラナシで狡猾なインド人に騙される、等のイベントを乗り越えてやってきただけに、
なんとも嬉しい思いでいっぱい。
いやー、元気そうでなによりである。


20100809-1.jpg



大学の日本語学科等を少し案内してもらいながら、彼女の家へ。
そこで日本からのお土産の物を渡す。
だがお土産の一つ、日本の映画のDVDが読めない。
ショック。
インドの暑さにやられたのだろうか?
ちょっと休んでから再び外へ。
アルチャというシャンティニケタン一と言われるカフェへ行く。
へー、いいじゃない。
アジアンテイストな作りで、洒脱な作りが素晴らしい。
またインドのお店にしては静かなところがグッド。
なかなか素敵なカフェで一発で気に入った。


20100809-2.jpg



その後、mikiの教え子である、ショーミツさん(通称:みっちゃん)と合流。
彼の家へホームステイさせてもらうことに。
みっちゃん、今年の6月に奨学金で日本に短期滞在をしている。
その時の感想が、
「日本は別の惑星のようだ」
とのことだったが、日本人もインドに訪れたら同じ感想を持つ。
みっちゃん家に行くと、彼のお父さんも寛大なおもてなし。
丁重な応対で迎えてくれたことに感謝!



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Japanese Language Department of VISVA-BHARATI university, Santiniketan, WEST BENGAL



8/10(tue)
Santiniketan day2


7時半起床。
みっちゃんの両親が、それぞれお二人のご両親のところへ行っているので、
彼がわざわざ自分の為に朝食を作ってくれた。
やさしい人である。

みっちゃんのバイクに乗り、いざ日本語学科へ。
汚い日本人が物珍しいのか、学生がすぐに寄ってきて話しかけてくる。
ヴァラナシ辺りで日本語で話しかけてくる呼び込みとは違い、
さすが大学生、上品な日本語をみんな喋るんだな。
「がくさんは、どちらのお住まいですか?」
「インドの印象はどのようにお持ちになっていますか?」
「今度盆踊り大会があるので、ぜひご覧になって頂けませんでしょうか」
などと、こちらが恐縮するぐらいな丁寧さ。

一段落した後、本日は授業がないmikiと一緒にアルチャへ。
アイス・コーヒーを頼んだら、コーヒー牛乳みたいなものが出てきた。
これはこれで美味しかったんだけど、日本で飲むコーヒーとは別物である。

今アルチャでは、
芸術学科を今年度卒業した留学生のあつこさんのエキシビジョンをやっている。
題して、"Alu Flower"。
なかなか素敵な版画の展覧会で、全て一点もの。
自分もかなり気に入ったので一枚予約。
最後の日に渡してもらう約束をする。



20100810-1.jpg



この日は相当暑かった。
午後になると、たぶん40度を超えていたのだろう。
完全にダウン。
マナーリーからここまで移動の連続だったので、疲れも溜まっていたかもしれない。
mikiの家で横にさせてもらうと動けなくなった。
グロッキー状態である。
食欲も全くなし。
この辺の人々は、
午前中に仕事を終わらせて午後は昼寝をしたり休んだりするそうなのだけれど、
確かにこの暑さじゃ仕事にならない。
日本で働いている人達にはピンと来ないかもしれないけど、
あえて例えるなら、サウナの中の暑さぐらいだと思って頂きたい。



20100810-2.jpg




夜はみっちゃんの家で、
これまた日本語学科の修士1年デブラッチさんと、
2年生(日本でいう3年生)のデボボロドさんが食事を作ってくれた。
というわけでインド人3人と日本人2人、計5人でのパーティー。
家に行く前に、食材としてチキンを買って行ったのだが、
ここの肉屋で初めて、目の前で鶏を絞めているのを見た。
可愛そう、と思うも、鶏肉をいつも食っているからなんだか複雑。
また酒屋にも立ち寄り、インドで有名なキング・フィッシャーのビールと、
"IB"というウィスキー、"old monk"というラムを買って、はや、みっちゃんの家へ。
ところでインドの酒屋、けっこうひっそりとしている。
実はヒンズー教はアルコールはあんまりよろしくないそうで。
彼らから聞くところによると、何でも人前で酔っ払うことがご法度なんだそうな。
と言いつつも、デブラッチさんは自分よりもどうやら酒に強くて、
ガブガブ飲んでいたけど。
そのデブラッチさん、日本語で地理を学びたいそうで。
「太平洋プレートとかゴンドワナ大陸とか、そういう日本語を学びたいです」
と。
なかなか変わった学生である。
料理はとても美味しかったのだが、こちらの体調が最悪で吐きそうになる。
食事もお酒も、あまり入らなかった。

11時過ぎ、mikiを自宅まで学生が送りに行っている間に、バタンキュー。



20100810-3.jpg
デブラッチさんが作ってくれてチキンのカレー。美味しかったけど体調最悪であまり食えず。



8/11(wed)
Santiniketan day3


みっちゃんがパスポート更新の為、コルカタに行ってしまって、
今日はデボボロドさんと、3年生(日本の4年生にあたる)のチョクラさんが
自分のホスト役になってくれることに。

午前、彼らの案内で大学の構内を見学。
ここのキャンパスは大きい。
たぶん日本一の敷地面積がある北海道大学よりも大きいのではないだろうか。
そして、この大学でもっとも有名なのは芸術学部。
キャンパスもぐんを抜いてこ洒落ていた。

その後、男子学生寮にお伺い。
チョクラさんの部屋で少し涼む。
インドの学生の寮生活なんて、なかなか見れるものではないので面白かった。
やはり今時の若者、趣味とか持ち物は日本の学生とあまり変わらない。

その後、スナジョリという郊外にある森へ。
ここはコヴァイという地形が有名。
簡単に言うと、砂地に凹みがあるような風景、とでも言おうか。
全く持って、間違っているかもしれないが。
近くを流れていた農業用水用の水路で顔を洗うむも、水が臭い。
この水で米を作っているのかと思うと、なんとも複雑に思うが、
死んだという人間は聞かないので大丈夫なんだろう、きっと。



20100811-1.jpg



この森から帰ってくる途中、
午前中はひたすらお仕事をしていたmikiと合流。
近くのターリ屋で食事を取ろうとするも相変わらず自分は食欲がないので、
みんなの食事を眺めているだけ。

そして、デボボロドさんとチョクラさんに、「この後何する?」と聞いたところ、
お話しましょう、と。
こんなほのぼのとしたノリは久方ぶり。
なんだか高校生の時を思い出させて楽しい。
インドの田舎の大学生、好感が持てる。

その後、学生たちと別れてmikiと一緒にアルチャへ。
またしてもコーヒー牛乳のようなアイスコーヒーを飲みながら、ここでも世間話。
途中、デボボロドさんから電話がかかってきたが、言っている意味がよく分からず。
デボボロドさん、日本語は鋭意勉強中なのでまだまだ発展途上中なのだが、
はにかむように話す彼の片言の日本語は、なかなか見ていてカワイイ。
そんな彼をmikiは、
「デボボロドさん、日本語上手になってほしくない。可愛くなくなるから」
って、あんた、彼は直接の教え子でしょ…

その後、歌の教室に行ってしまったmikiとは別れて、
デボボロドさんとデブラッチさんとでマムシというレストランで食事。
のはずが、相変わらず食欲はないのでコーヒーだけ。
二人に心配される。
ごめんね、夏バテで食えんのだよ。

夜は相変わらず腹が下ってあまり寝れなし。



20100811-2.jpg
チョクラさんの部屋で。左からチョクラさん、自分、デボボロドさん。



8/12(thr)
Santiniketan day4


6時半、起床。
デボボロドさんと一緒にチャイを飲んで学校へ向かう。
顔馴染みになってきたみんなに簡単に挨拶をした後、贔屓となったアルチャに。
いつもは忙しそうにしているが、本日は時間があるというあつこさんと午前中はほとんどお喋り。
11時半前に昼休みとなりいったん店が閉まるので、
近くにある日本語を喋るインド人が経営する中華屋で第2ラウンドのお喋り。
3年インドに暮らしているあつこさんのインド感を聞けたりして楽しかった。
「インド人は問題が発生すると絆創膏をはって応急処置をするが、それで一件落着みたいな。
 そのあと問題が大きくなっても、この繰り返しなんですよねー」
との意見は深く納得するものがある。
ただ、日本人の常識とインド人の常識。
どちらが正しいのかというと、深く考えさせられてしまった。

本日もうだるような暑さ。
外に出ていると、暑いというか痛い。
あまりの暑さで午後はさっさとmikiの家に非難。
かなりやつれているように見えたのだろうか、ぐったりしている自分を見て、
彼女がそうめんを作ってくれた。
感謝!
シャンティニケタンに来てから、インド料理がほとんど受け付けなくなってしまっていたが、
やっぱり自分は日本人の血が流れている、ものの3分で完食してしまった。
まさに夏バテの症状だな、これは。
涼みながら午後いっぱい、デブラッチさんとチョクラさんにあげる為に、
日本の写真と音楽をひたすらコピーする作業。
写真4GB、音楽2GBもいるのだろうか、と少し心配。



20100812-1.jpg



夕方から、デボボロドさんとmikiとで、シャンティニケタン郊外の公園へ。
名前は忘れた。
かなりノスタルジックな公園で渋い雰囲気。
当然、自分達以外に誰もいない。
隣接している池にあった白鳥のボートに3人で乗る。
まさかインドで白鳥のボードに乗るとは夢にも思わなかった。
いい思い出にはなったが、普通に傾いているのが少々怖かったりする。
その後、レストランでラッシーを飲みながらお喋りをして帰宅。
その帰宅途中、自分がデボボロドさんに、
「今日は、どうもありがとう」
と言ったら、彼は、
「どうもいたしまして」
と返す。
ここまでは良かったのだが、その後、
「先生、どうもいたしまして、の意味はなんですか?」
と…
今まで、意味を知らないで返事をしていたもよう。
思わず、デボボロドさんをハグしてしまった。



20100812-2.jpg



夜御飯はmikiの同僚である、
カリンポン出身のネパーリ英語教師宅で豚料理をご馳走になった。
この人、キリスト教徒なので牛でも豚でも何でも食べられるのであるが、
普段シャンティニケタンで生活をしていると、食材が手に入らないらしい。
なので地元に帰ったときに豚肉を仕入れてきた物を、
今回自分にもわざわざ振舞ってくれてわけである。
お邪魔して約1時間後、回鍋肉(ホイコーロー)風な料理が出来上がり。
美味しい、パクパク食べてた、最初は。
が、この肉全部脂身。
重量級に重い。胃がもたれる。
何とか食べ切れたが、2日ぐらいは飯いらないかも。

みっちゃん家に帰宅すると、彼の恋人がいたのでご挨拶。
美人。
そんな彼女は英語学科の学生。
そう、ネパーリ英語教師の教え子である。
この町の狭さを感じるエピソードだった。



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Alcha, Santiniketan, WEST BENGAL


※平和郷の日本語教師、本編はこちら

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  1. 2010/08/23(月) 22:56:22|
  2. 旅行記 IND
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Dharamsala snap

チベット政府、来年は選挙の年。



dharamsala.jpg
Dharamsala, Himachal Pradesh, India
  1. 2010/08/23(月) 22:39:03|
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ヴァラナシ歯ブラシ騙されやすし

8/3(tue)
Dharamsala - Amritsar


真夜中の3時半に起床。
霧雨。

昨日、森野さん夫妻が早朝タクシーを予約していたのでそれに同乗しようと、
朝4時に待ち合わせ場所に行ったけどさっぱり現れず。
案の定、運転手にすっぽかされたようだ。
宿から待ち合わせ場所まで歩いてきた森野さん達が激高している。
運良く流しの運転手を捕まえたが、その流しの運転手に対して捲くし立てている。
とばっちりを受けた運転手の言い分は、
「タクシーは予約しない方がいい」
さすが、インド。
少々見くびっていたようだ。

朝5時、バスセンターから一般のバスを使って、
アムリトサルへと向かう。
隣のイタリア人のベラとお喋り。
「インドは4回目だけど、さっぱり分からないわ」
だって。
ヨーロッパで1、2位を争う混沌っぷりのイタリアでさえも、
インドには適わない。

道中問題も無く、11時前にアムリトサルに到着。
すげー暑い。
40度ぐらいあるんじゃない。
涼しいところから来た身には応える。

タクシー、リキシャー類を全て振り払って、
シーク教の総本山、黄金寺院(Golden Temple)まで歩いて向かう。
ここには無料の宿泊施設があるも既に満杯。
なんてこったい。
係りの人とのやりとりを見ていた関西人風の日本人のおっちゃんに、
何故か怒られる。
「日本人はもっと日本人と海外でよく話せぇ、がっつり行け、かっつり」
なんて事を言われて、どっかに行ってしまったが、
すいません、関東人はソースより醤油を好むもんで。

歩き回って、近くにホテルを見つけた後、黄金寺院に潜入。
まずは土足厳禁なので、靴を係りの人に渡すが、
その渡し場が自分より一段低い位置に係りの人が受け取るような仕組みになっている。
そしていざ本殿へ。
いやー、びっくり。
なかなか素敵。
きんぴかだけど、全然嫌らしくない。
長い長い境内を2周もしてしまった。

その後、バカ国境じゃなく、ヴァーガー・ボーダーへと向かう。
ここは、インドとパキスタンの国境だが、
毎日夕暮れ、国旗を降ろすのがイベントと化している。
インド軍人、パキスタン軍人が形式ばった動きで儀式を行うのだが、
これが見ものなのだ。


0803-1.jpg



炎天下の中1時間半ほど待つのだが、
インド側はほとんどお祭りとなっている。
インド国旗を振り回して走り回ったり、
爆音のミュージックを背後に女性が踊りだしたりと。
そしてメインイベント。
兵士による国旗を降ろすセレモニーが始まる。
まるでモンティー・パイソンの"silly walk"のような動きだが、
彼らは本物の軍人で、本気でやっているので凄い。
そして、
「ヒンズスタン、ジンダーワー (Indian, never die)」
の掛け声でスタンドが一斉に盛り上がる。
これ、かなり面白いわ。
アムリトサルまできたら一見の価値あり。
ただし、非常に暑いので飲み物必須。
(というわけでこのヴァガー・ボーダー、youtubeで確認してみましょう)

帰りのタクシー、インド人6人を日本人1人で
相手をしないといけなかったので大変だった。
それもタクシーはスズキの軽バン。



0803-2.jpg
Golden Temple, Amritsar, PUNJAB



8/4(wed)
Amritsar - Varanasi


午前、黄金寺院の横にある鉄道チケットセンターに行く。
列に並んでいると、何人ものインド人に横入りされた。
腹が立ったので思わず目の前に横入りしてきたインド人とケンカ。
列は並ぶものだと小学校で習わんのか。
20分後、ようやく自分の番に。
もうそろそろインド東部に行かなければならないので、そんなチケットある?
と、聞いてみたところ、あるじゃん。
なんとアムリトサル発、ヴァラナシ(Varanasi)経由コルカタ(Kolkata)行きというすごい列車が。
コルカタまでは車中二泊というのも、なんとなくインドの凄さを感じる。
それも本日発の列車のチケットもあるとのこと。
相手が分かってくれないので何度も大声を張り上げながら切符をゲット。
嬉しい。
やったぜ。
なので、デリーもジャイプル(Jaipur)もアーグラー(Agra)にも行ってあげない!
アウランガーバード(Aurangabad)行きのチケットを8月18日まで取れなかった森野夫妻、
申し訳ない。


0804-1.jpg


黄金寺院で、フランスでは発ガン作用により発禁となった噂のあるリムカをがぶ飲みした後、
森野夫妻とただ飯を食いに行く。
ここ、黄金寺院では来場者なら誰でも無料で食事が振舞われている。
まあインド定番のタリーなのだが、これがけっこう美味しい。
アムリトサルに来てから、見た目は厳ついがスィク教徒の太っ腹ぶりにはかなり好印象を持った。
他宗教や外人に対しても分け隔てなく、無料で宿泊施設、食事等を提供してくれるなんて、
なかなか素敵な宗教だ。

森野夫妻とはここアムリトサルでお別れ。
宿で感動のお別れをして駅に向かう。
リキシャーの親父が、もっとチップをくれないかとほざくが、
別に気分も悪くなかったのでコインで決めることに。
負けた。多めにチップを払ってあげる。

18時15分発の列車なので、大分余裕を持って16時に駅に到着したら、
21時まで出発しないでやんの。
案の定、遅れた説明は一切なし。


0804-2.jpg
Amritsar Station, Amritsar, PUNJAB



8/5(thr)
Amritsar - Varanasi


9時ごろ起きる。
外は雨。

寝台の給仕係と仲良くなる。
ガムを上げたり、タバコの葉っぱ(これまた苦い)みたいなのをもらったりしていたが、
ふと地球の歩き方を渡したら、
同僚に文句を言われながらも30分以上熟読。
何を熱心に見ていたのだろう?


0805-1.jpg


潜りの弁当売り販売に騙されて、40ルピーで昼飯を購入。
ビニール袋に入ったえらい代物のターリを渡される。
どうしよう、と思ったが食ってしまった。
今日まで、奇跡的にインドに入ってから体調が絶好調であったが、
これで腹を下さなかったら、自分も本物かもしれない。

22時、ヴァラナシ(Varanasi)に到着。
駅のプラットホームからオート・リキシャーの兄ちゃんが着いてくる。
20ルピーでどうか、と言われるも無視。
駅の外まで出たら、なら10ルピーでどうだ、と言われる。
安すぎるのでもっと怪しくなり更にシカト。
最後には今日は誰も乗せてないので、お前が初めなんだよ~、と泣き脅しになる。
ちょっと笑ってしまったので、ここでリングに乗ってあげた。
リキシャーの兄ちゃん、約500メートルの攻防を制する。
ちょっとでも変な動きをしたら、すぐにでも降りるつもりだったが、
すんなりとホテルに行ってくれた。
途中、おろしたての新車のリキシャーをいきなりぶつけられたりしたけれど。
ところでインド人、"Listen!"とか"Look!"とか、お客さんに対して命令形で話しかけるな。



0805-2.jpg
世界の車窓から インド、アムリトサル-ヴァラナシ編



8/6(fri)
Varanasi day2


宿のオーナーが色々と案内してあげるよ、と行ってくる。
昨日、この宿に泊まる時色々と親切にしてくれたので、
信用して彼の提案に乗ることに。
大学に連れて行ってくれたり、シルクの機織を見せてくれたりしてくれる。


0806-1.jpg


午後、念願のガンジス川の畔へ。
雨季で水量がかなり多め。
ガンジス川のファースト・インプレッション、汚い。
まっ茶色。
日本人だったら沖縄の海で沐浴する方がよっぽど感動するんじゃないかと思う。
また聖なるガンジス川へ、尚且つここはヴァラナシだというのに、
至る所で生活排水を川へ垂れ流しにしているという感覚は、あまりよく理解できない。
この辺のことについてはインド人はどう思っているのだろう?

その後、火葬場で亡くなった方の骸を火葬している現場に立ち会う。
犬がその周りをうろついているのが印象的である。


0806-2.jpg


夕方から、ボートを借りる。
水上から眺めるヴァラナシの風景もまたいい。
ダシャーシュクメード・ガートでなんかのイベントを見るも
動きがゆったりで、まあこんなものかという感じ。
人でいっぱいだったので、ちょっと人酔いしたし。
そして気持ちよく帰ろうとしたところ、乗った波止場に戻ったところで今回のインド旅行で最大の事件が発生。
漕ぎ手の先頭にぼられる。
2時間半のボートチャーターで2000ルピー払えと。
ありえないだろう。
思わず相手に、"fuck off!!"と言ってしまった。
10分ぐらい言い争いをしていたら人も寄ってきたが、
どうやらこの辺の人間全てグルみたいだ。
相手側の方を肩を持つ。
痛恨、ボートに乗ってしまったことで既に負けだった。
非常にムカつく、忌々しい。

挙句の果てに、宿のオーナーが昼の案内代をせびってきた。
それも1000ルピー寄こせとか抜かす。
もう本当に怒る前に呆れてしまって、
階段にへたりこみ盛大な溜息をついてうな垂れてしまった。
なんとそうしたら、挙句の果てに逆に彼が慰めてくる。
お前ら、ガンジス川が氾濫して溺死してしまえ!!
なんなんだ、こいつらは!

レーとかマナーリーを先に訪れたせいで、心のどこかで慢心してしまったのか。
デリーで会ったインド人に言われた、
「インド人には気をつけろ」という言葉が骨身に染み入る。
ここには5日間ぐらいいようかと考えていたが、
この一件で一刻でもすぐにこの地を離れようと決心。
罪深しヴァラナシ、きっと人生でワーストの町になると思う。
今のところ、間違いなし。



0806-3.jpg
Kedar Ghat, Varanasi, UTTAR PRADESH





8/7(sat)
Varanasi - Kolkata



宿のオーナーとは一言も口を利かずにチェックアウト。
とっととヴァラナシ駅の方へ向かう。
外国人専用チケットオフィスに行き、できるだけ早くこの町を離れたいと言うと、
夕方にコルカタ行きの寝台列車があるという。
有無を言わさず購入。

17時まで暇だったので、ガンジス川の畔でチャイでも飲もうと思い、
リキシャーに乗って、町の中心ゴードウリアー(Godowlia)へ。


0807-1.jpg



ラダックでは可愛かった子供も、
ヴァラナシ辺りまで来るとクソガキが多い。
が、ガンガーのほとりをトボトボと歩いていたら、
日本語を喋ってくる少年が寄ってくる。
最初はシカトしていたのだが、
あまりにも少年の日本語がうまかったので、
ちょっとだけ相手をしてあげることに。
そうすると、グリーンの歌は歌いだすわ、
長沢まさみが好みとか、
セーラームーンはちょっと子供っぽいよねー。
とか言いいだすわ、何じゃ、お主は!
聞けば、お兄さんの奥さんが日本人で、
彼女から見よう見まねで習ったとのこと。
彼の名前はトリシュール君。
シルクショップの店員。
彼に、昨日ボートでぼられたんだよねー、と言ったら、
「ヴァラナシ歯ブラシ騙されやすし」
とか言ってニコニコしてくる。
思わず笑ってしまった。
「ヴァラナシはインドでも難しい町だから、勉強代とでも思ってよ」
と、文字通りの言葉を日本語で彼から言われてしまって、
なんだかなー、でも少しは心が収まったかな。
その後、シルク生地の本物か偽物かの真偽、
ヴァラナシでの心構えなどを色々と教えてもらった。
それにしても、ほぼ独学でここまで日本語を覚えるなんてすげーよ。
この少年と出会った価値は大きかった。
頭の回転の良さが半端無い。
久々に見た、きっと大人になったら大成するであろう、ちょっと格の違う明晰な少年だ。
インドの奥の深さを垣間見た気がする。
あまりにも驚嘆したので、そのお店で買い物をしてあげたよ。
本物だとは思うが、買った品がまがい物でもちっとも構わない。
彼に出会えた事で、少しだけ(2mmぐらいだが)ヴァラナシの印象が良くなった。
お店の名前は、モホニー・シルクショップ。
ダシャーシュクメード・ガートの手前にある。


0807-2.jpg



17時発のコルカタ行きの"Hawrah mail"という急行が15分遅れでヴァラナシ駅に到着するも、
電光掲示板とは違うホームに入線し、これまた焦る。
相変わらず鉄道はトラップがいっぱいである。

エアコン無しの三段寝台。
寝台が狭いのは我慢できる。
指定席のはずなのに定員以上に人が乗っているのも慣れた。
でも夜遅くまで車内がうるさいのは全くもってげんなりする。
際限の無いお喋り、いきなり歌いだしたり、そして携帯で大声出したりと、
学級崩壊した小学校の教室ぐらいの騒々しさ。
そしてもちろん人々は全くそんな状況を気にしていない。
インド国鉄深夜0時、コルカタ行きの寝台列車はこんな感じである。



0807-3.jpg
今日はなんかのお祭りか? オレンジ色の服を着た人でいっぱい。
  1. 2010/08/19(木) 21:35:01|
  2. 旅行記 IND
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Manali snap

打ち捨てられたオート・リキシャーは何を思うか。



manali-snap.jpg
Vashisht, HIMACHAL PRADESH, India
  1. 2010/08/19(木) 21:24:09|
  2. SNAP
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LADAKH snap

太くなる矢のように、川が合流する場所



three-enemy-road.jpg
Three Enemy Road, Jammu and Kashimir, India
  1. 2010/08/19(木) 21:22:55|
  2. SNAP
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さらばオールド・マナーリーのじじぃ

7/29(thr)
Manali day2


インドのニンビンと異名をとる、マナーリーでの二日目。
朝は快晴、後曇り。

実は昨日のレーからのバスの道中、
新婚旅行で世界一周をしている素敵なご夫婦、森野夫妻と仲良くなる。
マナーリーに着いたのが夜も遅かったこともあり、降車場の近くの宿に投宿。
尚且つ、部屋もご一緒させてもらった。
安上がりに一人当たり150ルピー。


20100729-1.jpg



お昼ごはんを食べた後に、オールド・マナリーへ。
30分ぐらい歩くと、なんだかいい感じの店が増えてきた。
うん、面白い!
ここマナーリーやゴアはインドの中のヒッピー・タウンとして有名。
そのマナーリーの中でもオールド・マナーリーがその中心となる。
はっきり言って、ニュー・マナーリーだけしか知らなかったら、
半日か長くても1泊もしたら十分だ。
というわけでオールド・マナリー、久々の思いがけないヒットの予感。


20100729-2.jpg



そして、オシムラさんに勧められたDISHAというゲストハウスに向かうも、
なかなか見つからず。
色々な人に聞いて聞いて聞いて、ようやく見つけた。
畦道のど真ん中、地元民の家に紛れ込んだ所に建っている。
普通わかんねぇよ。
けど部屋と景色を見て感激。
素晴しい!
この綺麗さと景色の良さ、これでシングル200ルピーというのは破格。
いやー、いいゲストハウスを教えてもらった。

その後、ヒンズー寺院等を回りオールド・マナリーを散策。
森野夫妻もかなり気に入っている様子。
ご主人の方は、映像関係の仕事をなさっていたそうで、
高そうなソニーのビデオカメラで一心不乱に撮影している。
彼ら、レーに上がる前に3日程いたのに、
この辺には来ていなかったという事を痛恨としている模様。
確かに、この辺はかなりいい感じの民家が軒を並べている。
オールド・マナーリーに来て良かった。

6時過ぎ、ダラムシャーラー(Dharamsala)に発つ森野夫妻をバス停まで見送る。
ダラム・シャーラーで会いましょうと約束するも、マナーリーで沈没する予感が…




20100729-3.jpg
オールドマナリーのヒンズー寺院から。



7/30(fri)
Manali day3


10時起床。
朝しか温水シャワーが出ないので使ってみたが、
あまり豪快には浴びれない。
インドではこれ以上の贅沢をする無かれ。
オープンテラスのカフェで、イタリアンブレックファーストを食べて、
今日のアクティビティ開始。

この辺一帯は、ヒマラヤ杉の原産地。
なのでちょっと公園を散策。
猿が多いが気持ちいい森。
何年物のヒマラヤ杉だろう?


20100730-1.jpg



ニュー・マナリーを惜しげもなく通過し、
ヴァシシュト(Vashisht)村の方へ。
テクテクと1時間ぐらい歩いて到着。
暑い、また日に焼けた。
まずは、ここの寺院に沐浴場があるので行ってみただのが、
全く持って入る気がせず。
その後、しつこい客引きを振り切り路地裏を散策。
なかなか味がある建物が多くて気に入る。


20100730-2.jpg



5時過ぎにオールド・マナリーに戻る。
晩御飯は3日連続でタリー。
そして二晩連続で同じ店。
今晩は卵タリー、50ルピー。
安いしお店の雰囲気がいいので、気に入った。
日本で食べるようなお米を出してくれるところが高ポイント。




20100730-3.jpg
Main Road, Vashisht, HIMACHAL PRADESH



7/31(sat)
Manali day4


9時前起床。
朝飯を食べて、オールド・マナリーの上の方を散策。
昼飯を食べて、またダラーっと過ごす。

ぶらぶらしているだけなのに、この町を出たくない。
典型的な沈没パターンだ。
これはマズイと思い、
ツーリストオフィスに急いで行き、
ダラムシャーラーへのチケットを無理やりゲット。
明日の夜、マナーリーを発つことに。
もし、この後の予定が無かったら、確実にここで沈没している。


20100731-1.jpg



夜、レーの観光を終えたオシムラさんが到着。
同じミニバスの会社で来たが、自分よりかなり早かったみたい。
一緒に乗ってきたコリアンと隣の宿の日本人とでモモの店へ。
女3人と男1人。
ガールズ・トークにはさすがについていけず。




20100731-2.jpg
ここのインド・カレー屋で3日連続食事。エッグ・タリーがお勧め


8/1(sun)
Manali - Dharamshala


自分の中で、マナーリーが伝説となった日。

オシムラさんに誘われて、
まずはオールド・マナーリーの奥のカフェで朝食。
すごくいい景色。
それに地元の人もいい感じだし、
カフェのオーナーもなかなかのたたずまい。

また洋服店店員のインド人、鈴木サムライ。
それから鈴木サムライの父親でビルのオーナーのおじじ。
彼らのお店にお邪魔させてもらってチャイをご馳走になる。
ここの人達、商売っ気がないところが素晴しい。
全く通りの人達に売り込みなんかしなくて自分達とずっと駄弁ってるんだけど、
売る気あるのか?


20100801-1.jpg


またイングリッシュ・ベーカリーの前にいつもいるババ、
飲んだぐれの親父で方々から怒られているそうだが、
これがまた、なかなか素敵な可愛い挨拶をしてくる。
片手を挙げて白い歯をニッとするんだな。
この笑顔の愛嬌があるババはきっとインド人にもOKなんだろう。

魅力的なじいさん達がいっぱいいるマナーリー、
インドとは思えないほどのピースフルな場所。
今までステレオタイプの意見を聞いていて結構身構えるところもあったが、
ここマナーリーでインド人の見方が変わった。
人生の中で訪れた場所の中でベスト3に入るぐらい素敵なところだった、マナーリー。

夜、ダラムシャーラーへのバスに乗り込む。
オシムラさんとはここでお別れ。



20100801-2.jpg
river view cafeの風景。羊がおばあちゃんに添い寝しているのがポイント


8/2(mon)
Manali - Dharamsala


朝4時半にダラムシャーラー(Dharamsala)に到着。
と言っても、本当はチベット亡命政府の本拠地がある、
ダラムシャーラーから少し登ったマクロード・ガンジ(McLeod Ganj)の方だけど。
こんなに早く着いてもやることがない。
適当なホテルの連れ込みを見つけて、かび臭い宿で早々撃沈。

ちょっとの仮眠の後、
ネットをして寺院の方に向かおうとしたら、
森野さん夫妻と偶然出会う。
夫の博之さんの案内で寺院を見学。

建物内の壁画はなかなかの物があるも、全体的にしょぼくれた感があるか。
やはり亡命政府の悲哀か。
色々と街を歩き回ったが、思っていた以上にダラムシャーラーは面白くなかった。


20100802-1.jpg



ただしどことなく張り詰めた感が無く、ノンビリとしている。
チベット亡命政府の立場なので、
平和ということではないが小康状態という感じ。
最近のモンクはオープンカフェで女の子とお茶ときたもんだ。

夕方、博之さん、タクシー運転手らしき男とバトル。
南下につれ、だんだんとインド色が強くなってきたみたい。



20100802-2.jpg
供犠問答をしている僧侶達。Tシャツ、ジーパン姿の人はどういう立場の人?
  1. 2010/08/08(日) 19:20:56|
  2. 旅行記 IND
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moonwatcher

Author:moonwatcher
気がついてみたらドロップアウト。
1年4ヶ月間、オーストラリア・ニュージーランド放浪をし、日本へ帰国。
さあ、明日はどこに行こう?

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