WANDERING IN DOWN UNDER

moonwatcher's dialy

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肺はいかにして鍛えられたか

7/24(sat)
Leh day4



午前中に延泊の予定を宿の人に伝えると、
「ジュレー、ジュレー、サンキュー・ベリーマッチ、サンキュー・ベリーマッチ!」
と、ものすごく感謝される。
ここの宿の人達、みんな本当に好き。
宿の名前は、「Bimla Hotel」。

午後、暇だったのでレー王宮に行ってみることに。
何も無いとは知っていたけど、おのぼりさんをやりたくなって。


20100724-1.jpg



地元の人間は5ルピーだが観光客は100ルピーという暴利を貪っていることに、
ちょっとイラッとしながらも入館。
期待に違わず、見るべきものはほとんど無い。
ただ館内は涼しくて気持ちよく、また、
王様になると下々の者をこんな景観で見ているのかということを、なんだかちょっと理解した。
その後、快晴のタルチョを写真に撮りたくて、またもツェモ・コンパに登ってしまう。
どうやらサル並の自分。


20100724-2.jpg



夕方から宿のテラスで、
全共闘世代のダンディズムが薫る男、小川氏と、
世界を股にかけるスーパー女史、オシムラさんとで、
ワールドワイドな世間話で盛り上がる。
内容はというと、
世界の韓国人とイスラエル人、
実録、狂犬病の犬に噛まれたら?
お喋りなドイツ人とはこんなふうにケンカしろ!
その他有益情報多数。
また、オシムラさんにはモルディブでの仕事を斡旋され、
かなり魅力的な提案で本気で悩む。
モルディブは有りだ。

毎年この時期、法要をしにダライ・ラマがラダックへ来てるんだって。
ナイス・タイミング。
会えるかな~?



20100724-3.jpg
ツェモ・コンパへと伸びるタルチョ。青い空に映えて目を奪われる。



7/25(sun)
Leh day5



数日前、小川さんにラダック近辺のゴンパを一緒に回りませんかと誘われ、
有難くその申し出を受けることに。
今日は、その初日。

朝の8時待ち合わせだったのだが、
7時50分にタクシーが来た。
やはりこの辺もラダックはインド・スタンダードとは違う。

伊武雅刀のようなラダック人の運転手に連れられ、いざ出発。
タクシーと言ってもシボレーの四駆。
相当な悪路でもこれなら平気だろう。
逆に言うと相当な悪路を行くという事か?
これで一路、下ラダックのアルチ・ゴンパ(Alchi Gompa)を目指す。
レーの市外を抜けるとすぐに荒涼とした大地が広がる。
両脇の山の頂が高いし、岩もごろごろ。
火星に来たら、こんな感じなんだろうなという所をひた走る。


20100725-1.jpg



結構未舗装区間を走るのかなと思っていたが、半分ぐらいは舗装をしていた。
これは軍用道路も兼ねているからだろう。
レーはカシミール付近での対国境、対分離独立派テロリストの重要な軍事拠点で、
市中では、警察、国境警察、インド軍がウジャウジャいる。
まあいたる所にいても、皆ノンビリしているので平和な雰囲気なのだが。

アルチ村に近づくほど道も厳しくなる。
暑さと揺れにやられながら、約2時間でアルチ・ゴンパに到着。
アルチ・ゴンパはラダックでは珍しく平地にある僧院。
こじんまりしているも、飾ってある仏教芸術はこの辺では1、2位を争う。
仏陀、弥勒菩薩をはじめ、素晴しい仏像と壁画が並ぶ。
なかなかの物を見せて頂いたという感じだが、残念だけどここは写真は厳禁。
興味がある方は、ぜひアルチまで。

12時過ぎ、アルチを出発。
今度は上ラダックのある、シェー・ゴンパ(Shey Gompa)方面へ。
途中、ありえない量のベジカレーを食してから上ラダックに向かうも、
インダス川とザンスカール川がぶつかる、Three Pointという地点を通りかかる。
そう、ここの地点こそ自分にとっての最重要ポイントだったのだ。
そもそも、ラダックに行きたいと思うようになったきっかけは、
白川由紀の写真集の中での、ここの場面の写真を見たから。
地球上でこんなところがあるのかと思うぐらいの素晴しい景色なのだが、
まさかここで遭遇するとは思わなかった。
完全に気が動転して写真を撮りまくり。
ありえない、すごい、すざまじい。
本当にラダックすごい!!

あまりの凄さに気が呆けた状態で、シェー・ゴンパに到着。
そんなに大きくないゴンパだが、壁画が素晴しいものがある。
また地元の人もすぐそばで五体投地。
なんだか、いいね。
またこのシェー・ゴンパの更に上に、廃れた王宮があり登ってみた。
高山病の影響かすぐに息が切れ、
足がガクッとなり数百メートル下の谷に落ちそうになる。
怖い怖い。

午後4時終了。
ほとんど移動だけだが、クタクタ。
宿に戻り、軽くシャワーを浴びてネット屋へ。
ここでツィッターチェックをしていると、男女の兄弟の子供が寄ってくる。
ちょっとPC内にあった日本の写真を見たら、
かなり興味津々で食いついてきた。
鎌倉の大仏とか横浜のみなとみらいの景色を見せてあげたりして、
喜ばせてあげる。
いつか君たちも日本に来れたらいいね。

さて、足立さんからのリクエスト。
ラダックの夕日を掲載。
レー王宮から見る夕焼けだが、太陽が稜線の向うに入ってしまい、
雲隠れの夕日を収められなかったことはご容赦して頂きたい。


20100725-2.jpg



その後、町をブラブラしていたら町一番の美人、
「ララ・カフェ」の店員とバッタリ遭遇。
向うも覚えていてくれて、今回はけっこう話しが弾んだ。
「あなた。幽霊には気をつけて。この前ね、私は見たの」
と言われたが、どうやって気をつければいいのだろう?
対処法を聞く前に別れてしまったので、とても不安。


20100725-3.jpg
アルチ・ゴンパのマニ車。ここのマニ車が今まで見た中では一番だった



7/26(mon)
Leh day6



全共闘ダンディスト、小川氏と魅惑のゴンパ巡りの2日目。
今日は、下ラダックのラマユル・ゴンパ(Lamayuru Gompa)へ。

本日も昨日に引き続き、ラダックの伊武雅刀が運転するタクシーに乗車。
レーの外れのガソリンスタンドで、給油中にトイレへ行きたくなり、
伊武雅刀にトイレに行きたいと告げると、
「ここは駄目だ、俺が後で別のトイレに連れて行ってやる」
と不思議なことを言われる。
訝りながらも彼に従ったら、スタンドから出て5分後ぐらいに、
「ここでしろ」
と、インダス川のほとりに連れられた。
よく意味が理解できない…
どうしてガソリンスタンドのトイレを使わせてくれなかったのが謎だ。
しょうがないから、インダス川で立ちション。
ガンジス川でバタフライ、となかなかいい勝負なのではないだろうか。

そして、昨日書いたことを撤回する。
アルチ・ゴンパの道なんて朝飯前ぐらいだった。

下ラダックの中でもラマユル・ゴンパは少し離れていて、
途中まではアルチ・ゴンパまでと同じ道。
そこからの道程の厳しさは凄かった。
舗装されていない道を爆走しーのの、
途中で道が工事中でしばらく待たされたり、
また何故こんな道で敢えて追い越しをかけるのか。
そんな道中がひたすら続く。
えらいしんどい。


20100726-1.jpg



そしてパスポート・チェックを抜けると、
すごい山道を登ってゆく。
崖下1000mぐらいあるんじゃないか、それも1車線で舗装状況も最悪。
こんなところをトラックとすれ違うと生きた心地がしない。

ただし景色は壮絶だった。
やはりヒマラヤ。
世界で一番高いだけのことがある。
今までの人生の中でも最高ランクのすごい景色だった。

8時に出発して13時過ぎにラマユル・ゴンパに到着。
かなりヘロヘロ。
このゴンパ、思ってたよりはこじんまりしてたかな。
僧院の中には入れなかったが、子供の僧がけっこういたので、
彼らの写真を何枚か撮った。
でも幾人かは、ふて腐れた態度で写真に写る奴もいて、おそらく、
「めんどくせーなー、こいつら、いつも」
みたいにどうせ思っているのだろう。
可愛げがないガキだ。


20100726-2.jpg



そして14時にラマユルを出発。
レーに戻る。
帰りは行きよりももっと悲惨だった。
なにか不機嫌なことでもあったのか知らないが、帰りの道を伊武雅刀が飛ばす飛ばす。
何回がヒヤッとする場面があった。
そして2回ほど、本気で対向車とぶつかると思った。
日本だったらドライバーに対し激高している。
インドだったらしょうがないかと思い流してしまったけど、
最近、こういう態度はいけないんじゃないかと、ちょっと悩んでいる。
まあ食後のデザートにティラミスを食べようか、
それとも抹茶シフォンにしようか、ぐらいだけど。
豪に入らずんば豪に従え、なんちゃらかんちゃらみたいな事を言うけれど、
時と場合によっては海外でも、日本スタンダードで押すべきなんじゃないかなー、
と思ったりするんですね、今の自分は。
帰りの道程の4時間、ずっとそんな運転だったおかげで、
全共闘ダンディストの小川氏、かなりの疲労困憊。
宿に着いたら灰と化していた。

近くにある洒落た名前のレストラン、"Happy World"で食事をしていたら、
スーパー女史のオシムラさんがやってきたので同席した。
この人の話は聞けば聞くほど面白い。
あぁ、世の中にはすごい素敵で、くだらない常識には縛られない人がいるんだなー、
と思っていたら、
そこに偶然にも、オシムラさんの昔の同僚で友達のマリさんがやってくる。
レーに二人しているのは本当の奇遇で、奇跡に近いとの事。
たまにある、旅の不思議という奴だ。
この人達の話を聞いていたら、たまげた。
普通に生活していては想像できない、ありえないような人生を送ってる。
日本にいたら絶対に知り合うことができないような人達だ。
あまりにも楽しかったのて、結局閉店までずーっと話し込んでしまった。
ちょっとだけ彼女達の人となりを書いてみると、
オシムラさんは南アフリカに家を建て、
マリさんは、世田谷の学芸大学からホンジュラスまで転職してしまう方である。
東京なんかでサラリーマンやってる場合じぇねぇよ、って思わない?



20100726-3.jpg
ラマユル・ゴンパへ続く道。下からずーっと登ってきて、この先もずーっと上がってゆく。



7/27(tue)
Leh day7



何も予定を入れない1日。
朝食を食べてからネット屋へ。
ここで仲良くなった店員の兄ちゃんと雑談。
いい奴なんだ。


20100727-1.jpg



午後から、宿のテラスでオシムラさんとお喋り。
昼食も"Happy World"でオシムラさんとお喋り。
夕飯は、オシムラさん、小川さん、マリさん、
そしてマリさんと同宿の未来君と食事をしながらお喋り。
そして宿に帰ってからも、リビングルームでオシムラさんと小川さんとお喋り。
ずーっとくっちゃべってた一日だった。

そして深夜、レーを旅立つ。


20100727-2.jpg
やっぱフリー・チベットだよね。



7/28(wed)
Leh - Manali


0時前、宿をチェックアウトしてバスターミナルへ。
ミニバスへ乗り込みマナーリーへと向かう。
今回の最大のミッションは、ヒマラヤ山脈を越える超絶道路を縦断すること。

例年、6月から10月にかけて、
レーからマナーリー(Manali)間にかけてのヒマラヤを縦断する道路が開く。
今現在、陸路でレーへアクセスする最も現実的な方法だ。
ちなみにこの道、地球の歩き方のマップには載っていないので悪しからず。

外務省の海外渡航情報ではジャンムー・カシミール州には危険情報が出されていて、
空路での利用を勧めているが、これには少しだけ補足したい。
よく聞かれるカシミール地方は、今、政府軍vs分離独立派民兵による争いが発生していて、
その最も危険な地域はシュリナーガル。
この、シュリナーガルへと向かう道は、よく山賊武装ゲリラも出没している為に危険であり、
実際目の前で銃撃戦を目撃した旅行者もいる。

なのでシュリナーガル経由でレーへのアクセスは止めたほうがいいが、
しかし、このレー・マナーリー道路に関しては、
ゲリラが生息する地帯を通らないので襲われる心配は無い。
そういう意味では安心なのだが、
ただし、下が見えないほどの崖底に落ちるには十分過ぎる細い道路なので、
転落して事故死する可能性は普通にある。

ちなみにシュリナーガルへは今日現在(2010/07/28)の情報によると、
都市機能は麻痺、夜間外出禁止令が発動されているみたい。
レーで買い物をしていた軍人からの話を又聞きしたところによると、
死んでもいいなら行ってもいいよ、だって。
シュリナーガルは本当に風光明媚なところなのだが、
大学の冒険部でも属している人以外、今はお勧めできない。

というわけでレー・マナーリー道路、この道路が面白そうだったので、
レーから出る時は使ってみようと思っていたのだが、
のっけから、騒動勃発。
隣の席にポーランド人カップルが乗り込んできたと思ったら、
えらい剣幕で怒っている。
どうやら席の情報が間違っていて、危うく乗れないところであったみたいだ。
係りの人に食って掛かっている。
まあ気持ちは分かるが、ここはインドということで、
少し大目に見てあげよう。

0時半出発。
そして、ミニバスはいきなり100km/hぐらいまで加速。
町中なのにちょっとありえない…
かなり不安のスタート。

1時間ぐらいは、道路状況もよくどんどん進む。
その後、山をクネクネと登りだしたと思ったら、
急激に揺れて冷えてきた。
とうとうヒマラヤの峠越え第1弾。
この道路は2回、標高5000m越えをするらしい。
辺りを見回すと月の光で氷河が光っている。
その氷河、目と鼻の先にあるんですけどね。
なんだかこの辺は氷河を削り取ったところに道を作っている。
景色はすごいんだけど寒い。
寝袋を含めてフル装備の防寒対策をしてきて良かった。
短パンとTシャツだけだったら車内でも凍死してるんじゃないかぐらい凍える。

この寒さと揺れのおかげで、ほとんど眠れずじまいで朝を迎える。
朝の5時に初めての休憩でちょっとしたブレーク。
寒いけど、この朝のひんやりした感じが気持ちいい。


20100728-1.jpg



そしてしばらく走った後、再びのヒマラヤ山脈峠越え。
この道路、標高の最高地点は5600mぐらい。
ここが世界で2番目に高い道路なのだそうだ。
(世界で1番はどこなんだろう?)
ラダックではかなり動き回り、肺を酷使、鍛錬をしてきたが、
ここにきて、人生史上最大に肺が鍛えられることになる。
さすがにかなり息が吸いにくい。
辛い。
これにプラスして、寒いのが輪をかけて体に応える。
なんせね、7月のインドなのに雪世界なんですよ、外は。


20100728-2.jpg



こんな所を、運転手の兄ちゃんは窓を開けて走るからたまったものではない。
たぶん窓の曇りを防ぐデフロスターが効かない為だと思うが、
乗客はかなり厳しい。
となりのポーランド人なんて震えてる。

この天国に2番目に近い道路の峠越えをした後、
しばらく下り。
緑も見えてきたな、と思っていたらトラップが発生していた。
この辺の道、よく川の水が道路に(ありえないぐらい)冠水していて、
そこを車が渡るということがよくあるのだが(信じられない)、
今回、目の前のトラックがその冠水の所でスタック。
ニッチもサッチもいかなくなっていた。
これはあまり見れる光景ではないと、最初はちょっと興奮していたのだが、
ここで引き返せと言われたらどうしようかと思いはじめたところ、
救世主のショベルカーが到着。
1時間ぐらいでなんとかなった。


20100728-3.jpg



その後も、対向車と運転手がケンカをし始める、
タンクローリーが横転していた、
断崖絶壁なのに雨上がりの泥だらけ未舗装路を突っ走っる、
日本では考えらないような原因でえらい渋滞に巻き込まれる、
等、イベントがこれでもかというほどのてんこ盛りで起こった。
ここ最近、毎日のように凄い道路の記録を更新していったが、
今回の天国へ2番目に近い道路が一番凄かったと思う。
21:30、マナーリーに到着。
21時間ものバス旅は初めてで、かなりヘトヘトとなったが、
更に驚くことに、この運転手は一睡もしていない。
サイボーグだろうか?
21時間ずーっと運転しっぱなしでいたのだが、
インドの労働基準法には引っかからないのだろうかと疑問だ。

このレーとマナーリー間のドライブルート、
信じられないような絶景の連続でかなりお勧めですが、
崖崩れやら大雨で道路封鎖、車の故障等のトラブルが多発する地帯なので、
時間と勇気に余裕がある時にチャレンジしてみて下さい。
たぶん一日で着いた自分はラッキーな方だと思う。


20100728-4.jpg
途中で寄った休憩所で。ここの店員のお姉ちゃん、ヤンキーっぷりは万国共通
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  1. 2010/07/31(土) 00:22:45|
  2. 旅行記 IND
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LEH snap

美しきヒマラヤの王宮



leh-khar.jpg
LEH Khar viewed from old LEH distinct, Jammu and Kashimir, India
  1. 2010/07/25(日) 21:51:53|
  2. SNAP
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  4. | コメント:0

ベリー、ベリー、チベット


[ベリー、ベリー、チベット]の続きを読む
  1. 2010/07/25(日) 01:16:45|
  2. 旅行記 IND
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南国経由、デリー行き

"WANDERING IN DOWN UNDER"、番外編。
久しぶりのブログ更新はアジアへがっつりコミットメント。
積年の悲願だったインド放浪へと今から成田空港に向かうことに。
用意しているものは、バンコク経由デリー行きの飛行機チケットだけ。
アメーバ赤痢ぐらいなら余裕で感染しそうな緊張感がたまらない。

血沸き肉踊るようなほとばしる感覚。
渾身のインド放浪を始めよう。


map2.gif
  1. 2010/07/19(月) 04:57:30|
  2. 出国
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プロフィール

moonwatcher

Author:moonwatcher
気がついてみたらドロップアウト。
1年4ヶ月間、オーストラリア・ニュージーランド放浪をし、日本へ帰国。
さあ、明日はどこに行こう?

感謝のお便りは:esesplash@hotmail.com

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